私が経験した登山の危険性

「私の山への思い」で綴ったように、私は九州のボタ山のそばで生まれ育ち、ボタ山を攀じ登ることから、私の山登り人生は始まった。
現在は、夫婦でスイスアルプスのハイキングを安全に楽しんでいる。

しかし、20代の頃には、自分の限界に挑戦する登山を行っていた。
本稿では、その頃に私が経験した危険な事柄を思い出してみる。

 

谷川岳一の倉沢・一の沢にて滑落

私は25歳で山岳会に入り、岩登りを始めた。
4月頃から会の先輩に連れられ、奥多摩のつづら岩や山梨の三峠山で毎週末に岩登りの練習に打ち込んだ。
7月頃に初めての本番、一の倉沢の南稜を登らせてもらった。
次に8月、一の沢に挑んだ。
南稜ではトップに立たなかったが、ここでは二人で交互にトップを交代する方法をとった。
このルートは、逆層の草付のスラブが続いていた。
乾いていれば問題ないが、あいにく、その日は雨の後で、濡れていた。
しかも、壁の中に生えた草木くらいしか支点がとれない。
草をホールドとしつつ、引っ張り力を加えないようにトップで慎重に登っていったが、滑ってしまった。
傾斜は緩いので草を幾つか掴みながら減速でき、数メートル滑っただけで止まることができ、命拾いした。
止まらなければゴルジュの下に転落して、負傷は免れないところだった。

その後は、一の倉沢は秋の乾いた日にしか登らないことにして、本谷と中央稜を完登している。

冬富士でのこと

夏山から冬山まで、オールラウンドなクライマーとして経験を積んだ頃のこと。
先輩から、冬(2月)の富士山に誘われた。
それで、やる気満々で、新しい蹴り込み部分が尖った12本爪のアイゼンを新調。
それを、ヤスリで手のひらに突き刺さるほどに磨いで挑戦した。
最初は快晴のグッドな状況で吉田大沢ルートを5合目から登り始めた。
登るにつれ、突風が強くなり、耐風姿勢で風に耐える時間が長くなっていた。
雪はコンクリートのように固くなり、雪の粒にかろうじてアイゼンの爪が引っかかっているだけ、ピッケルは全く歯が立たない。
その時突然、強い突風が吹き抜けた。
気がつくと、先輩の一人が突然倒れ、滑落停止の姿勢で止まっていた。
場所は9合の鳥居の少し上の辺りだった。
下を見ると、後ろから登って来ていた二人パーティーの一人が、慌てて降って行くのが見えた。
もう一人の姿が見えない。滑落。
我々も登攀続行は危険と判断し、降ることになった。
普通に降るのは危険なので、後ろ向きで四つん這いになって降った。
この時、私は顔に、先輩の一人は手の指に凍傷を負った。
これ以後、メンバーは誰も冬富士に再挑戦することはなかった。

つづら岩での墜落

つづら岩とは、奥多摩の大岳山の馬頭刈尾根にある岩登りの練習場です。
20代中頃、この頃の私は、技量も体力も、少し上達したことを感じていて、海外の岩登りを夢見るようになっていました。
ある日、所属していた山岳会の山荘整備をさぼって、友人と岩登りの練習に行ったのです。
いつものように交代でトップを取りながら、気のむくルートを休みなく、登ったり降ったりしていました。
止せばいいのに、いつもならセカンドでしか登らない、難しいオーバーハング気味のクラックをトップで挑戦してしまった。
この時、オーバーハングしたクラックだったので、左手と左足先の突っ張りで身体を支えながら、その途中にあるハーケンにシュリングを通してカラビナを設置する作業が必要でした。
これをしていたとき、足が滑ってしまい、墜落してしまったのです。

左手の小指と左膝のお皿を骨折する重症でした。
幸いにも頭を損傷することは避けることができたのは友人の確保が良く効いたからだと思います。
居合わせた大勢の方たちが動けなくなった私を担いで麓までおろしてくれただけでなく、整形外科まで連れて行ってくれたのです。
周囲の方々や先輩諸氏に大きな迷惑をかけた、忘れることのできない事件です。

穂高岳屏風岩青白ハング緑ルート

このルートの初登は1962年森田勝さんと青木敏さんである。
私は10歳以上若いパートナーと二人で1980年夏に挑んだ。
このルートは登れば登るほど、手前に迫り出してくる巨大なオーバーハングである。
従い、途中での下降は途轍もない困難を伴い、戻ることができない。
しかも、ボルトの間隔が遠く、金属のリングが抜けて、朽ちた細紐のリングのみのボルトがほとんど。
(170センチ近い身長のある私でも、あぶみの最上段に立ってやっと届くくらい。)
一つでも切れるか、ボルトが抜ければ、宙吊りは免れなかっただろう。
私たちはなんとか無事に完登できたものの、登っている最中は墜落の恐怖と闘っていた。
完登して森の中の小路に入ったとき、私たちは二人で生還の喜びに浸っていた。
と同時に、危険な岩登りからの引退を心に誓っていた。
赤ちゃんが生まれるのだ。
危険な山登りは止めよう。

おわり
The END.

スイスアルプスハイキングとクラシカルソフトウエア
Schweizer Alpen Hiking and Classical software

 


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